新・タイ佛教修学記

手放す

アチャン・チャーというタイでとても有名な高僧の流れを汲む森の修行寺に滞在して、修行をさせていただいたことがあります。

 

アチャン・チャーは、「プロイワン」という言葉をよく語っていたそうです。

 

私も、アチャン・チャーの流れを汲むその森の修行寺で、何度も、何度も、アチャン・チャーがよく語っていたという「プロイワン」という言葉を聴きました。

 

ですから、今でも「プロイワン」というタイ語をはっきりと記憶しています。

 

「プロイワン」とは、どのような意味かと言いますと、日本語で「手放す」という意味です。

 

 

掴んでいたことを手放す。

 

握っていたことを手放す。

 

こだわっていたことを手放す。

 

 

ところが、手放すとは、口で言うほど容易なことではありません。

 

それほど簡単には手放すことが出来ないのです。

 

 

果たして、どうすることが本当に手放すことになるのでしょうか?

 

どうしたら完全に手放すことができるのでしょうか?

 

 

思うに・・・これは、自分自身の体験や経験を通して、ひたすら探究していくしかないことなのかもしれません。

 

 

 

◆どうしようもないことは、さっさと手放してしまうこと◆

 

 

どうしようもない状況。

 

どうにもならない状況。

 

考えても変わらないような状況。

 

 

あーだ、こーだと言ってみても、何変わりません。

 

 

そのような状況に出会った時、いつまでも凹んでいたり、いつまでも腹を立てていたり、いつまでもムシャクシャしていたり・・・

 

そういった経験は誰にでもありますよね?

 

私は、あります、頻繁に。

 

とても落ち込みますし、とても腹が立ちます。

 

今からどのように動いたとしても、どのように考えたとしても、全くどうにもならないようなことであるならば、それ以上考えても意味がありません。

 

そうした時は、さっさと潔く手放してしまうようにしています。

 

そして、少し強引にでも、腹を立てたり、イライラすることをやめてみるのです。

 

 

なかなか難しいことですが、嫌な気持ちをいつまでも抱えているのも、大変気分が悪いものです。

 

意味のないことで落ち込んでいるのは損なことですし、腹を立てているのもこれまた損なことです。

 

 

不必要な“力”を使うのは無駄です。

 

なぜなら、答えが出ないことなのですから。

 

どうしようもないことなのですから。

 

いつまでも腹を立てていたり、イライラしていたりするよりも、“今”をおだやかに過ごすことの方が大切ですし、具体的にこれからどうするのかを考えていくことの方がはるかに建設的です。

 

 

そもそもその方が気分がいいです。

 

 

潔さを持つこと。

 

気持ちを切り替えること。

 

 

おだやかな心を保ちながら生きていこうとするうえでは、とても大切なことです。

 

 

そんなこと、できるわけがない!

 

 

そのような声が聞こえてきそうですが、これを実践していくには、普段から心に留めて、いつも心に余裕を持っておこうとする“心がけ”が必要です。

 

心にどのくらい余裕を持っているかによって、とても大きく変わってきますから、一度、意識をして取り組んでみることをおすすめしたいと思います。

 

その“心がけ”があるのかないのかで、随分と心の状態は違ってきます。

 

感情の波に出会った時、どのように対応して、どのように動いていくのかが少しずつ、少しずつ身についてきます。

 

 

怒っても仕方がないような場面で怒ることは、極力避けていきたいものです。

 

そして、できる限り、明るく、おだやかに過ごしていきたいものです。

 

 

瞑想には、こうした心の整え方がたくさん詰まっています。

 

呼吸を調えて、気持ちを調えることで、心が安定し、ものごとが客観的に観れるようになるだけではありません。

 

普段は意識をしていないことを意識することができたり、見えていなかったことが見えてきたりもします。

 

 

人間は、感情のある生き物です。

 

感情を手放したり、無くしたりすることはできません。

 

 

しかし、感情を制御し、コントロールしていくことができる生き物です。

 

だからこそ、瞑想実践の意味があるのだと思っています。

 

 

瞑想は、心のトレーニングです。

 

 

忙しい人も、そうでない人も、今、ほんの一息だけでも構いませんから、息を大きく吸って、吐き出してみてください。

 

今“ここ”に注意を向けてみてください。

 

それがすでに瞑想の第一歩であり、心のおだやかさの第一歩です。

 

 

アチャン・チャーの流れを汲んだ森の修行寺で何度も聞いた「手放す」という言葉。

 

アチャン・チャーの声が聞こえてきそうです。

 

 

私は、このようにアチャン・チャーの言葉を受け取って、日々、味わっています。

 

アチャン・チャーなら、どのようにおっしゃるでしょうか?

 

 

(『手放す』)

 

※アイキャッチ画像は、タイでとても著名な高僧のひとり、アチャン・チャー。

アチャン・チャーが設立された森林僧院であるワット・ノーンパーポンの支院でいただいた写真です。

 

 

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