新・タイ佛教修学記

ぶつかったお金と生活の問題

 

還俗後、インド、スリランカ、ネパールなど、ブッダや仏教ゆかりの地を巡拝し、帰国の途に就きました。

 

すべての地でブッダを想い、悟りを想い、三回の礼拝をしました。

 

はるかなる道、大いなる道を成就した偉大なる師・ブッダを想い、大地に額ずきました。

 

 

海外の生活との落差は、想像していたよりも、とても激しかったようです。

 

しかも、タイでの生活のほとんどを普通の社会とは異なる規範の中で生きる出家生活だったわけですから、なおさらなのかもしれません。

 

タイの出家生活は、文字通りの「出家」です。

 

普通の生活とは異なります。

 

 

たった3年、されど3年。

 

出家という特異な空間であったことに加えて、日本とは価値観が大きく異なる空間から再び日本の価値観の中へと戻ってきました。

 

出家生活では、ただひたすらブッダのことだけを想い、ただひたすら悟りと瞑想修行のことだけを考えていました。

 

ひたすらブッダのことを想っていればいるほど、悟りのことを考えていればいるほど、周囲の人々から尊敬されます。

 

わかりやすく表現すると、ブッダや仏教、悟り、瞑想への思い、そしてその姿勢が真摯であればあるほど尊敬されるのです。

 

また、生活態度がより禁欲的になればなるほど尊敬される傾向があるというのがタイの出家の世界です。

 

 

しかし、私は、還俗しました。

 

そして、日本へと帰国しました。

 

 

これからは、日本の国で、日本の生活をしていかなければなりません。

 

食べていくために。

 

生きていくために。

 

 

自分の力で生きていかなければならないのです。

 

 

海外での長期滞在から帰国して、その後、普通に生活している人はたくさんいます。

 

特にそれほど珍しい話ではありません。

 

出家前の私だって、しっかりと日本で生きていたではありませんか。

 

日本の社会の中で働いて、お金を稼いで、堂々と町を歩いて、しっかりと生活をして、生きていたではありませんか。

 

 

日本へ帰国して、再び普通の生活が始まりました。

 

ところが、こんなことすらもわからないのか?・・・というようなことまで、わからなくなっていた自分に驚いてしまいました。

 

 

わからない・・・。

 

右も左もわからない・・・。

 

どうすればよいのかがわからない・・・。

 

 

・・・いやいや、そんなことはないはずです。

 

今までは、単に甘えていただけだったのかもしれません。

 

見ようとしてこなかっただけなのかもしれません。

 

今、それを見ざるを得ないところに来ている・・・ただそれだけのことではないのでしょうか・・・。

 

 

私は、タイでの修行生活から、日本の社会で生きていくための“お金と生活の問題”に真正面からぶつかってしまったのでした。

 

 

(『ぶつかったお金と生活の問題』)

 

 

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