新・タイ佛教修学記

タイのお寺は、とってもオープン

 

タイのお寺は、とってもオープンです。

 

 

出家者・在家者を問わず、誰でも気軽に入ることができます。

 

在家の者であれば、お寺のお手伝いさんとして、そのままお寺に住み着いてしまう人もいるほどです。

 

 

出家者であれば、自分の師となる人を探して各地を訪ねたり、求める学問を修めるためにお寺を移ったりもします。

 

 

タイの人々は、自由にお寺へ来て、自由にお布施をしたり、自由に瞑想をしたりして、それぞれ好きな時間を過ごして帰っていきます。

 

許可があれば、そのまま泊まることもできます。

 

 

山奥にあるお寺などは、一種の“旅館”的な役割を果たしているともいえるお寺もあります。

 

見知らぬ旅先でのちょっとした“オアシス”のような存在ともいえるのでしょうか。

 

日本で例えれば、峠の茶屋といったところでしょうか。

 

旅館などの宿泊施設といえば、予約が必要なのかと思いきや、勝手に来て、勝手に使って、そのまま出て行ってしまって構わないようです(使ったものは、きちんと片づけますが)。

 

料金などの設定も全くありません。

 

ブッダに手を合わせて、お布施を置いていく。

 

それでOK。

 

いくらかのお布施を置いくのが常識ではありますが、そこも任意です。

 

夜になって、ちょうどお寺が見えたから、今日はあそこに泊めてもらおうか・・・といったような具合なのです。

 

誰も何も言わないし、全くそれでいいのです。

 

 

日本ではちょっと考えられませんね・・・いかにも懐が深いです。

 

 

また、近年は、タイでは瞑想ブームとも言えるほど「瞑想」の人気が高まっています。

 

タイ人にとって「瞑想」とは、仏教的な善行、徳を積むための行為としてはもちろんのこと、「徳」という土壌の上に、さらにメンタルヘルスとしての目的も加わってきているように感じます。

 

それゆえ、名だたる森の修行寺や有名な瞑想指導者のもとへは、出家の比丘だけではなく、たくさんの在家の人たちが遠方から集まってきます。

 

そして、たくさんの徳を積んで、喜びに満ち溢れて、気分をスッキリとさせて帰っていきます。

 

 

タイ人だけではなく、外国人にも非常にオープンであるのがタイのお寺のいいところです。

 

各地にある瞑想センターでは、外国人も積極的に受け入れています。

 

出家をしなくても瞑想修行ができて、指導を受けることができます。

 

短期間の滞在でもいいし、月単位・週単位、数日の滞在でも構いません。

 

 

日本の『お寺』のイメージをはるかに超えたお寺がタイにあります。

 

いつでも、誰でも、快く受け入れてくれるのがタイのお寺です。

 

 

(『タイのお寺はとってもオープン』)

 

 

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