新・タイ佛教修学記

タイのお寺いろいろ

2020年3月12日

 

タイのお寺には、いろいろな性格のお寺があります。

 

つまり、いろいろな役割があって、うまく住み分けがなされています。

 

日本のお寺の感覚から考えると少し理解しにくい側面もあって、実際に触れてみないと判別がつきにくいかもしれません。

 

しかし、例えば、日本でいうところの「本山」のような中心的な大寺院と町や村にあるごく普通のお寺とでは、その性格が大きく違うのに当てはめてみると理解しやすいかと思います。

 

もっとも、タイの人たちは、それほど明確に分けて考えているわけではありませんが、それでも、それぞれの目的に応じて、それぞれ行きたいお寺へとお参りに行きます。

 

 

それでは、どんな寺があるのでしょうか?

 

 

大まかに分けると、お葬式などの儀式が得意なお寺、学問をするための学校のようなお寺である学問寺、絶大なご利益があると言われているご利益寺や力のある僧侶がいるご祈祷寺、そして瞑想修行をするためのお寺である瞑想センターや森の修行寺、などなどです。

 

ご利益があるお寺などは、日本で言うところの「○○にご利益のあることで有名」な神社や仏閣を思い浮かべてもらうと理解しやすいかと思います。

 

それは、日本人がご利益に応じて、そうしたお寺にお参りをする感覚に似ていると言えます。

 

 

このように書くと、厳密に区分けされているように感じますが、もちろんそうではないし、お寺なら儀式も執り行ってくれますし、学問もやります。

 

タイの人たちも、それほど厳密に意識しているわけでもありませんが、大きく分ければ儀式や学問を主とするお寺である『町や村のお寺』と、瞑想修行を専らとするお寺である『森のお寺(森の修行寺)』とに分けられます。

 

ご利益寺やご祈祷寺は、いうまでもなく前者に含まれます。

 

 

簡略にですが、町や村のお寺について説明すると、町や村のお寺は、一般的にそのお寺に縁のある男性達が一時出家をします。

 

なかでも、地方都市にある学問寺とされるお寺には、近隣の町や村で出家をした少年僧や青年僧たちが集まってくる傾向があります。

 

お寺の支援によって、勉強ができるうえ、志があれば都市部の大学まで進学できる可能性があるからです。

 

また、バンコクやチェンマイといった都会の学問寺で学べるチャンスもあります。

 

もちろん、比丘(びく・出家者・お坊さんのこと)として進学する場合は、比丘の大学に進学することになります。

 

比丘の大学も大学として認められていますので、たとえ還俗した後であっても、大卒としての待遇を受けることができるそうです。

 

このような事情もあってか、意外にバンコクの学問寺は、地方出身者が多くて、生粋のバンコク出身者は少ないのだそうです。

 

 

一方で、森のお寺は、おもに瞑想修行を志す者たちが修行するためのお寺です。

 

森のお寺では、戒律も町や村のお寺よりもかなり厳しく守られていて、日々の生活もとても質素です。

 

町のお寺で出家したあと、さらなる修行を志して森のお寺へ移る者もいます。

 

また、森のお寺のような静かな環境を好んで、直接、森のお寺で出家する者もいます。

 

これは、バンコクなどの都市部に住むインテリ層に多い傾向があるようです。

 

 

何を学びたいのか、何を目指したいのか、個々人の目的に応じて、お寺を選んで出家することや出家後には遊学(よその土地へ行って勉学に励むこと)することも可能です。

 

 

仏教の教義・教学を学びたければ、学問僧や研究者が集う街の学問寺へ行って学ぶことが望ましいし、悟りを目指して瞑想修行を志すのであれば、瞑想指導者がいるお寺や森のお寺へ行って修行することが望ましいと言えます。

 

 

「あなた次第ですよ。」

 

 

これは、タイでなにかとよく耳にする言葉です。

 

全ては、自分自身に委ねられています。

 

 

何をどのようにするのか、あるいは、何をどうしたいのかは「あなた次第」。

 

お布施をするにしても、出家をするにしても、自分の好きなお寺を自由に選ぶことができます。

 

 

(『タイのお寺いろいろ』)

 

 

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