新・タイ佛教修学記

私と仏教との出会い

2020年3月9日

 

私は、お寺の生まれではありません。

 

「じゃあ、なんでまた仏教なんかに興味を持ったの?」

 

と、このようによく質問をされます。

 

 

これが、みんなが感じるごく一般的な疑問なんだと思います。

 

 

身近な人の死、挫折、失敗・・・このような人生の問題を抱えたときに、人は「宗教」というものに惹かれるのが一般的なのかもしれません。

 

人生に何も問題がなければ、その解決を宗教に求める必要などありません。

 

 

私の場合は、そうではありませんでした。

 

 

振り返ってみると、私の祖母の影響が強かったのかと思います。

 

偶然にも父方の祖母、母方の祖母、共にとても信心深い人でした。

 

しかしながら、私の両親はというと、そうでもないというところが面白い。

 

 

「宗教なんて、困った時の神頼み」だと世間の人は言います。

 

 

これも、ごく一般的な日本人の感覚といったところでしょうか。

 

いや、一般的な認識だと言っても過言ではありません。

 

困らなければ、神様にも仏様にも頼る必要なんてありませんから。

 

 

地域の土地柄も多分に影響しているのだと思います。

 

私の住む地域では、大きな仏壇が誰の家にもあるのが当たり前。

 

また、ほとんどの家庭では、年間に数回の法事があります。

 

日常的に仏壇に手を合わせて、日常的にお経を読む。

 

それが当たり前という土地柄なんです。

 

 

ところが、お経に何が書いてあるのか?

 

仏教って一体何なのか??

 

その疑問に答えてくれる人は誰もいませんでした。

 

近所の長老も、物知りで通っているおじさんも、信心深いことで有名なおばさんも、私の疑問に、納得のいく答えをくれる人は、誰ひとりとしていませんでした。

 

お寺さんからも納得のいく答えを得られませんでした。

 

 

幸か不幸かわかりませんが・・・そんなごく普通の風景に対して疑問を抱いてしまったのでした。

 

 

私にとっては、わけもわからずに拝むことは、全くもって納得のいかないことだったんです。

 

幼いながらにそのようなことを考えていました。

 

 

以来、現在に至るまで、ずっとこの疑問を追いかけることになりました。

 

 

(『私と仏教との出会い』)

 

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