新・タイ佛教修学記

なぜ悟りたいの?

2020年3月9日

 

なぜ悟りたいの?

 

・・・時々、このように問われることがあります。

 

 

苦しいから?

 

悩み事から解放されたいから?

 

 

もちろん、そんな気持ちもあるとは思いますが、なんとなくしっくりときません。

 

 

世の中の真理が知りたいから?

 

 

これも外れてはいないけれども、やっぱりしっくりときません。

 

 

なぜしっくりとこないのでしょうか?

 

 

・・・なぜ?と問われても、頭で考えた答えだからでしょうか?

 

 

なぜ悟りたいの?

 

 

それは、ただ単に、仏教にひかれるから。

 

なぜだかわからないけれども、ただただひきつけられるから。

 

感覚というか、フィーリングというか、なぜか仏教が魅力に感じるのです。

 

 

さらに言うならば、さまざまな仏教の文献の中で出会った、仏教に生きた人々のその姿に魅力を感じたからだと思います。

 

 

もうひとつ。

 

仏教は、当たり前のことを言っているからだと思います。

 

 

人は老いる。

人は病気になる。

人は死んで、物は壊れる。

 

 

これは、誰にも否定することができない事実だし、今も昔も、そして未来も決して変わることのない真理です。

 

人類が抱えてきた苦しみは、どんなに時代が変わろうとも、少しも変わってはいない。

 

はるか昔から苦しんできたんです。

 

この苦しみを超えることが仏教の目的とするところだからです。

 

 

仏教は、とても現実主義だと思います。

 

信じがたいことを無条件に信じろと言っているのではないところが、他の宗教にはない大きな魅力です。

 

深く知れば知るほど、否定ができないところに行きつきます。

 

 

『いつでも』『どこでも』『だれにでも』歩むことができる道、それが仏教のはず。

 

 

私にだって必ず歩むことができる道のはず・・・

 

私も必ず悟りに行きつくことができる道のはず・・・

 

 

だから、私は仏教の悟りというものに強くひきつけられたんです。

 

 

(『なぜ悟りたいの?』)

 

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